ここまで読んできて下さった皆様、お付き合い下さいまして
ありがとうございます。
きっと皆さんお疲れでしょう。 ね〜。
よ〜〜くわかります。
書いてる私もいい加減吐きそうですから。
息抜きに気分転換しましょう。 右の画像をご覧下さい。→
これは、日本のオカルト本ではお目にかかることのない
「サンジェルマン伯爵の肖像画」のひとつといわれて
いる絵です。 どうですか?
前のページのモノクロ画像の人と同じ人に見えます?
ちょっとこれは・・・
ねー・・・。
では、このあたりの謎も含めて、検証編と参りましょう。
● 伝説の真偽 ●
まず、サン・ジェルマン伯爵の噂や証言について
一般に語られている話のほとんどは
オカルト研究家が提唱したオカルト本の記述によるものである。
だが、もちろん
「世界史上もっとも謎に包まれた人物の伝説」は
歴史家たちの間でも有名である。
ただし、捉え方は大きく違っている。
「世界史上もっとも謎に包まれた人物の伝説」については
こういわれることの方が多いようだ。
「謎の“サロンの寵児”事件」
「ホラ吹き伯爵の詐欺事件」
謎の人といわれる彼は、相当に怪しい人だったようである。
18世紀のヨーロッパには、途方もないホラ話で人心を惑わす山師のような人間が多く現れた。(※山師=投機的な事業で金儲けをたくらむ人。また、儲け話を持ちかけて他人を欺く詐欺師。)
その中でも一番有名なペテン師が、このサン・ジェルマン伯爵だったのではないか。といわれているのだ。
マリー・アントワネットが巻き込まれた「王妃の首飾り詐欺事件」で有名なカリオストロ伯爵もまた、そういった山師のひとりである。「死者と交信できる霊媒師」、「未来を占う予言者」、「悪魔を呼び出せる魔術師」などと自称し、とんでもないホラ話を広め、貴族に取り入り、信奉させ、おいしい思いをしようとする輩が次々に現れた時代だった。
また当時のヨーロッパでは、「卑金属を貴金属に変える“賢者の石”は本当にある」と信じられており、錬金術師や魔術師を自称するエセ科学者やエセ超能力者の山師たちでさえ、血眼で“賢者の石”を探していた。
そのため、そういった山師たちを狙って「“賢者の石”を売ってやる」と持ちかけたり、「悪魔を呼び出してやる」と言って財産を巻き上げる“一枚上手の山師”まで存在した。
錬金術と黒魔術に耽溺していたことで有名な1400年代の変態猟奇連続殺人鬼ジル・ド・レは、「賢者の石を作ることができる」という“一枚上手の山師”に騙され続けたことでも有名である。
こうした当時の時代背景と“ペテン師説”を踏まえた上で、前ページの「超人伝説(オカルト通常版)」を現実的な目で見直し、それぞれに注釈をつけてみた。
(年齢に関する謎については、私なりの勝手な解釈をつけてみた。)
本当に「不死の超人」と言えるほどの伝説は、この中に一体いくつあるだろうか。
今一度、彼の「超人伝説」を振り返ってみよう。
こうして見ると、1710年と1743年の年齢の記述以外、おかしなところはないように思う。
これは単なる推測だが、もし仮に、この山師が1710年頃の人物を
モデルに特徴を真似、“サン・ジェルマン伯爵”と自ら名乗り、
「私は永遠に時空を旅しているのです。」と、
方々で言いふらしていたのだとしたらどうだろう?
なにせ「時空を旅する」と自称する“サン・ジェルマン伯爵”は、1750年以前には
一切現れておらず、彼がフランス宮廷に出入りを許された1750年になってから
初めて登場しはじめるのだから、なんとも怪しい話ではないか。
ちなみに、“サン・ジェルマン伯爵”という名前は偽名で、
そのことは本人も認めていた。
山師が故人の名前と風貌を借りて、「不死の人」を演じていたのだとしたら・・・。
ここで、1743年に25歳前後だったという記述をもとに考えてみよう。
そうすると、1784年に死去した時のサン・ジェルマンの年齢は、
66歳前後だったということになる。
普通である。
また「彼はずっと若いままだった」という話も有名だが、よく見れば、
1750年 ― 「ルイ15世に謁見。40歳前後に見えた。」
1756年 ― 「ポンパドール夫人。50歳ぐらいに見えた。」
ちゃんと年を取っているようである。
次は逸話の数々にふれていこう。
数は多いが、そのほとんどは「ホラ話」だと思われるため、
似たものは割愛して、説明が必要なものだけに注釈を付けることにした。
※記号 ◎=当時から残っている逸話、 ×=後にオカルト研究家がひねり出した逸話
〔 年齢に関する逸話 〕
-
サン・ジェルマン伯爵は昼食会でも晩餐会でも食事をしなかった。彼が食事をするところは誰も見たことがないので、不思議に思い本人に訊ねると、「私は不老不死なので、霊薬を口にする以外は食事を必要としないのです。」と、言っていた。
◎ 彼が決して人前で食事をしなかったのは、「ビジネス上の理由から」だったと思われる。もちろん、「不老不死なので〜」を言うための演出である。
昼食会に来ているのに食事をしなかったら、誰でも不思議に思って訊ねるだろう。
「食事をしない」ことで相手から訊ねさせる方が、自己申告するよりよほど自然である。
訊かれもしないのに、しょっちゅう方々で「私は不死身なんです。」とふれまわっていたサン・ジェルマン伯爵だが、時にはこういう方法も使っていたということだろう。
-
サン・ジェルマン伯爵の使用人も「私がお仕えしてからまだ500年しか経っていません。」と言っていた。
◎ この逸話も有名である。
これは、「ソロモン王に会った」とか「十字軍に参加していた」とか、大げさなホラ話を聞いた客が怪訝そうな顔を見せた時に、決まって繰り返される“お約束”のようなものだったといわれている。
客が彼のホラ話を素直に信じない時、後ろにひかえる使用人を振り返ってこう言う。
「あの時のことは、君も覚えているだろう?君からも本当だと言ってくれないか。
どうやらお客様が疑っているようなんでねぇ。」 すると、使用人がこう切り返す。
「それは無理でございますよ、旦那様。私がおそばにお仕えするようになってから、まだ500年しか経っていないのでございますから。お忘れですか?」そこで、すかさず、「ああ、そうだったね!すっかり忘れていたよ。そういえば、あれは君が来る少し前のことだったね。」と、やるわけである。
毎回こうやってクサイ芝居を打っては、厄介な客を煙に巻いていたといわれる。
彼のヨタ話を怪しんだ客人が、あとでコッソリと使用人に「君、本当のところはどうなんだね?」と聞いたところで、答えは同じである。「私がお仕えしてから○百年しか経っていないので、そのあたりのことはわかりません。」と、答えるというわけ。
-
秘密結社の一員であった彼は、時を越えて生きる秘伝を伝授されていた。
× ただし、この逸話は半分は本当である。
たしかに彼は、フリー・メイソンなどの秘密結社といわれるものに属していた。
当時、そういった団体に加入することは一種のステイタスであり、有名どころではモーツァルトなども加入していた。 が、秘密結社に「時を越えて生きる秘伝」があったかどうかは、また別の話である。
こういう話題で「秘密結社」という言葉が出てくると、すぐに「何でもあり」のような方向に話がいってしまうが、それらは大抵、オカルト屋が好んで使う「苦しい言い訳」、または「思考停止させたい時の隠れ蓑」で、これを裏づけるものは何もないのだ。
余談ですが、あのカリオストロ伯爵もフリーメイソンには加入していました。
〔 身元に関する逸話 〕
〔 仕事に関する逸話 〕
-
ルイ15世は、シャンボール城内にサン・ジェルマン伯爵専用の錬金術実験室を用意させて、政治の秘密工作の研究に従事させていた。
◎ 本当である。
それどころか、ルイ15世は外国から来た身元不明のサン・ジェルマン伯爵に多大な信用を置いており、自分の私室に自由に出入りする破格の特権さえ与えていた。
ルイ15世が彼をシャンボール城の豪華な部屋に住まわせ、実験室を与えたのは、彼の技術を利用して莫大な収入が見込めると考えたからである。それほど当時のフランス王家の国庫は火の車だったのだ。
しかし、のちに彼に嫉妬する外務大臣ショワズール一派の企てにより、サン・ジェルマン伯爵はフランスを追われる。(その後、ロシアに渡って1762年のクーデターに参加する。)
-
莫大な財産を持っていた。サン・ジェルマン伯爵が所有する貴金属や宝石類の数の多さと質の高さにおいては、ヴェルサイユ宮殿にまで噂が広まった。
-
彼の財力が一体どこからきているかは、誰も知ることができなかった。
-
東方に旅行に出かけることが多かった。
-
薔薇十字団に加入している。
-
実はプロイセンのフリードリヒ大王に仕えていた秘密外交官、スパイであった。
◎ 以上の5つは、全部、本当に当時から囁かれていた逸話である。
当時のフランスでは、「実は彼は何か外交上の秘密使命をおびて、外国からフランスに送り込まれた密使ではないか?」という噂が流れていた。薔薇十字団に加入していたという噂もどうやら本当らしい。
この薔薇十字団は、「全ヨーロッパを統一して世界連邦を設立する」という目的のもと、密かに各国の宮廷に密使を派遣していたが、その薔薇十字団の陰の援助者として知られているのが、かのフリードリヒ王である。
よく疑問視されるサン・ジェルマン伯爵の莫大な財産というのは、このフリードリヒ王がフランスでの活動資金として援助していたものではないかといわれている。
また彼がよく東方に旅行に出かけていたのも、実はフリードリヒ王に成果を報告しにいっていたためではないかともいわれる。
たしかに彼は、フランスに姿を現す前にイギリスで実際にスパイ容疑で逮捕されている。 この説は単なる噂ではないのかもしれない・・・。
〔 技術に関する逸話 〕
-
ルイ15世からの依頼で、ダイヤモンドの傷を取った。
◎ この一件で、ルイ15世のサン・ジェルマンへの信頼は揺るぎないものになったといわれる有名な話である。
この時、彼はルイ15世から傷のあるダイヤモンドを預かって帰った。
そして、1ヵ月後にそのダイヤモンドを持って戻ってきた時には、傷は跡形もなく消えていた。という話だが、この1ヶ月というところに何かカラクリが隠されているような気がする。(誰かの手を借りなければ出来ないような、なにかのトリックがあったのではないだろうか?)
ちなみに宝石商は、そのダイヤモンドを1万フランだと言ったという。別のものとすり替えたのだろうか?いずれにせよ、彼1人のワザではないと思うのだが・・・。
このあたりの事情をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報ください。
-
サン・ジェルマンは、絹を染める染色技術や、皮をなめして驚くほど柔らかくする皮革技術など、18世紀にはまだなかったはずの様々な技術を身につけていた。
× あえて「×」としておく。
オカルト本以外では、これに関する詳細な記述が見つからないからである。
単なる噂ではないだろうか?これに関しては、さらに調べてみる必要がありそうだ。
-
超人的な語学力の持ち主で、フランス語、英語はもちろん、スペイン語、ロシア語、ドイツ語、ヘブライ語、サンスクリット語、アラビア語、ペルシャ語、中国語まで話せた。
◎ 語学に堪能だったというだけの話。
-
画家のラトゥールは、サン・ジェルマンが使っている独特な絵の具の製法を教えてくれと何度も頼んだが、とうとう最後まで教えてもらえなかった。
◎ 独特な絵の具で描かれた貴重な絵が1枚も発見されていないのは、一体どういうわけだろう?眉唾。
-
亜麻糸を使って絹のような布を織る工場をベニスにもっており、その技術は彼が開発したもので、100人ほどの労働者が工場の仕事に従事していると言っていた。
◎ 「どこそこにこういう工場を持っている。従業員はこれぐらい使っている。」
こんなホラ話を大げさに語る人、現代でもいますね。
-
サン・ジェルマン伯爵の実験室に招かれたカサノヴァは、盤の上に銅貨を一つ置くように言われたので置いてみると、突然パッと炎があがり、それがおさまると銅貨は金に変わっていた。
◎ 手品
-
彼は右手と左手が同じように使えた。
両方の手で別々に文字を書いて重ねると、ピッタリと合った。
◎ 鏡文字のことを大げさに書くとこうなる。
鏡文字書ける人は案外多いみたいです。
〔 正体に関する逸話 〕
-
ナポレオンは、エジプト遠征の前とエルバ島へ流される数ヶ月前の2回「『チュイルリー宮殿の赤い服の男』に会い、助言をうけた」と言われているが、この『赤い服の男』が、サン・ジェルマン伯爵だった。
× この説の言い出しっぺは、オカルト研究家ルイ・ポーウェルで、これは単なるいいがかり。これと似た説で、『教授』と呼ばれた謎の人物をサン・ジェルマンだとした説もある。 が、いずれも根拠がなく曖昧。
-
プロイセンのフリードリヒ大王は、彼の事を「決して死ぬことのない男」と言っていた。
× 「事実を語った」というふうに受け取る方がどうかしている。こじつけもいいとこ。
「巨人軍は不滅です」と言ったら、不滅なの?
「ジョンの魂は生きている。」と言ったら、生きているの?
単なるた〜と〜え!
〔 死後の逸話 〕
-
フランス革命前後のフランス国内に現れたサン・ジェルマン伯爵は、王家の危機を予言し、マリー・アントワネットに手紙で警告したが、聞き入れられなかった。
-
ルイ16世夫妻が捕らえられていた頃、当時侍女だったアデマール夫人は、サン・ジェルマン伯爵の使いだと名乗る者にある教会に連れていかれ、サン・ジェルマン伯爵を目撃した。
彼はアデマール夫人に、「私は永遠に時を旅しているので未来のことがわかるのです。私はちょうど今、日本から帰ったばかりですが、国王夫妻は私の忠告を聞こうとしなかったようですね。もうあの2人はおしまいですが、それは私には関係のないことです。」と、言った後、忽然と姿を消した。
『回想録』の中で、このサン・ジェルマン伯爵との出会いを書いているアデマール夫人は、「サン・ジェルマン伯爵には合計5回会っているが、いつも言葉では語れない驚きがあった」と語っている。
× 痛いおばさんが本売りたさにオカルトに走ってますが、「言葉では語れない」のでは、大した本ではなかったでしょう…。完全に確信犯だと思います。
「死人に口なし」で書いたのではないでしょうか。
あと、つっこみになってしまいますが、「それは私には関係のないことです。」って。関係ないならイチイチ出てくるなよ!てか、これ、どう考えても、「時を旅しているから未来のことがわかる」って言いたいがために出てきてませんか?
-
マリー・アントワネット処刑の当日、刑場でサン・ジェルマン伯爵を見た者がいる。
-
第二次大戦中、当時のイギリスのチャーチル首相は、サン・ジェルマン伯爵に会って、助言を受けた。
-
1822年、「これからインドに行く。」というサン・ジェルマン伯爵に会ったという目撃談がある。
-
東洋の秘教の原理に完全に精通していて、瞑想と集中を実践していた。数回にわたってヒンドゥー教徒のような姿勢で座禅を組んでいたこともある。ヒマラヤ山脈の中心に隠遁所をもっていて、時折、世俗を離れてそこで暮らしている。修行のためにインドに85年間とどまっていた。
× いったい誰が見たのか? 死後は本当に言いたい放題です。
中でもインドはお気に入りみたいです。 最後のはレインボーマン?
-
1784年以降に現れたのは、サン・ジェルマン伯爵の名を語った偽者である。
× これは半分正しいが、半分間違い。 「1784年以降に現れたという説は、嘘や言いがかり、または勘違いである。」
ちなみに、「私はサン・ジェルマンだ。」と、一時的に主張して去っていく一発屋(?)みたいな人はいたみたいですが、何年にも渡って「サン・ジェルマンだ。」と言い続けて世間を騒がせた偽者はいなかったみたいですね。
(これから出てくるかもしれませんが…)
-
1939年の記録では、アメリカの飛行士が、「チベットでサン・ジェルマンと名乗る“中世の頃の身なり”をしたヨーロッパ人の僧侶と会った」と、主張している。
× これもまた、つっこみになってしまうけど、サン・ジェルマン伯爵が“中世の頃の身なり”では、時代が合いません。聖人として有名な僧侶“セイント(サン)・ジェルマン”と間違ってませんか?英語で書くと、どちらも
saint-germain と綴りが一緒。
ひょっとして、陥りやすい間違い(誤訳)なのでは…。
しかし、どっちにしても妄想だと思います。
また、サン・ジェルマン伯爵の正体は、ジュゼッペ・バルザモ という山師である。という説を目にすることがありますが、これは違います。
どうも、どこかでおかしな錯誤が起こっているようですが、
「ジュゼッペ・バルザモ
は、カリオストロ伯爵の本名」です。
※サン・ジェルマン伯爵の本名は、結局分かっていないそうです。
ところで、今、これを読んでいる中で、サン・ジェルマン伯爵の不思議な伝説を信じている人は、一体何人ぐらいいるのだろう?
実は、私は随分長い間、「不思議な人だな〜。面白い話だな〜。」と、思っていた。
歴史上の人物の記述や証言が出てくるので、とても信憑性がある話だと思えたのだ。
彼の死後の話は、やり過ぎのこじつけばかりが目立ってウンザリだと思っていたが、生前の逸話については、面白そうな話だと思っていた。
だから、ホラ吹き説を知った時は、「ゲゲッ!そーーーかーー!!!」と、
それはそれは驚いた。
しかし、よく考えれば、本当に彼には「ホラ吹き」という言葉がピッタリ当てはまると思った。
なぜなら、この伯爵が実際に人の前で何かして見せたという記述は、ほんの2つか3つ、それも手品の領域を出ない程度のものであり、しかも大勢の人の前では決してやらず、いつも観客が一人の時を狙ってやっていた節がある。
そして、その手品めいた2つか3つしかないエピソードを除けば、あとは「彼が○○と言っていた」、「彼は○○したそうだ」など、伯爵本人が語った「自己申告のすごいハナシ」の噂話しか残らないからだ。
でも、「なんですぐ気がつかなかったんだろう?」
現代の私たちでさえ、こんな何百年も前の逸話をコロッと信じてしまうのだから、錬金術が信じられていた当時の人々を信じ込ませることなど、サン・ジェルマン伯爵には朝飯前だったに違いない。「見るまでは信じない」、「見たから信じられる」という人は、本物のサン・ジェルマン伯爵に会って話したら、必ず信じたことだろう。
そして彼は、いかに疑り深い人間でも一旦信じさせてしまえば、「私は実際に見た。あれは本物だ。」と、代わりに宣伝してくれるようになることさえ計算に入れて“謎の男サン・ジェルマン”を演じていたのだろう。
「オカルト的要素を含んだ【センセーショナルな噂】に気をとられる者は、次には噂の証言者になりたがるものである」ということを、彼は誰よりもよく知っていたはずだ。
調べてみると、彼の伝説を真に受けて(というか利用して)、彼の死後、彼に関する証言や記録をどんどんオカルト化していった人々がいたのがわかる。
オカルト研究家とかいわれるオカルト営業マン、功名心の高い物書きたちがそれである。(しかしそのほとんどは、「ええ大人が何を寝ぼけたこと言うとんねん!」と、突っ込みたくなるようなものばかりである。)
・・・・・なんだかこの話の流れって、“オーパーツ”の検証みたいである。
よくよく考えてみれば、サン・ジェルマン伯爵って、“人間オーパーツ”そのものではないか・・・。
以上、様々な証言や記録を(あくまでザーッと)照らし合わせた結果、私は、
「“時空を旅する超人”は、山師/人間インチキ・オーパーツ」だったと思うに至りました。 さて、皆さんは、どう思われますか?
〔 おまけ
― サン・ジェルマン伯爵の不思議な肖像画展
〕
< 参考文献 >
世界史ミステリー事件の真実 カザノヴァ回想録 第5巻 (絶版)
フランス残酷物語 他 絶版図書