当の石棺の中には翡翠のマスクをつけたバカル王とおぼしき遺体と、数々の副葬品が埋葬されていた。発見された遺体は、パレンケ王朝第11代目のパカル王だとされているが、パカル王は687年に80歳で逝去したとされており、遺体から推定された死亡時の年齢が40歳前後であることと矛盾しているといわれている。
また、埋葬されている人物について、石棺に碑銘には“ハラチ・ウィニク”(真実の人)としか記されておらず、パカル王の名はどこにも記されていなかった。
さらに、不思議だといわれるのは、王であったことを示す冠や装飾品が全く発見されなかったことだ。そこで、“ハラチ・ウィニク”(真実の人)という言葉から連想して、埋葬者されていた人物は、実は考古学者のいうパカル王ではなく、彼らの王朝に深い関わりがあった“特別な人物”であった可能性があるといわれている。
ちなみに、『神々の指紋』で一躍有名人になったジャーナリストのグラハム・ハンコックは、石棺の蓋を見た印象を同書の中でこのように述べている。 「トーチの光を当てると、そこに浮かび出るのは、髭がきれいに剃られた男で、ぴったりとしたボディースーツのようなものを着ており、袖口とズボンの裾の部分には丁寧に仕上げられたカフスがつけられている。男は背中と腿を支える座席に楽な姿勢で座り、首の後部は気持ちよさそうに頭置きに預け集中して前方を見つめている。両手は動作中のようで、あたかもレバーかコントロール盤を操作しているかのようであり、裸の脚を折り曲げて軽く引き寄せている。」 まさに絵画を評する時のようなロマンチックな語り口調だ。
彼の感嘆のため息さえ聞こえてきそうである。 う〜ん、ロマン。ロマンだよなぁ。古代遺跡は。
また、この彫絵を見たNASAの宇宙ロケット設計者が、「ああ、これはアポロの発射シーンを図案化したんだね」と言ったというエピソードなども有名である。

絵の解釈は人それぞれだから、その人がそう見えると言うのなら、そう見えたのだろう。
しかしそれはもう、考古学もしくは宇宙考古学云々なんかとは全然関係ない、感性の問題である。
私も子供の頃テレビでこの絵を見た時、「うぉおおお!これ絶対パイロット!間違いない!」と身を震わせたものだ。しかし今にして思うと、「ぜひともパイロットであって欲しい!」という願望がかなり含められていた。 単に、その方が面白味があっていいと思ったからだ。
ただそれだけの理由で、随分長い間この彫絵に祟られてしまった。
これも言い出しっぺは、デニケンである。しかしデニケンよ、この絵は、もともと最初に紹介した時点から見る方向が間違っていたのだ。この絵は、本来、右のように縦にして見るものだそうだ。
そして実は、ロケットとされている絵柄は、パカル王の石棺だけではなく、パレンケの他のいくつかの彫絵でも比較的よく使われているらしいものだったのだ。たとえば碑銘の神殿の彫絵の中でエンジンといわれている部分(シートの下の部分)は、他の神殿にある彫絵でも十字架の下にあり、『地の怪物』と呼ばれるデザインとして知られているものだ。
十字架部分は、生命の樹と呼ばれていたものだそうだが、彼らが主食としていたトウモロコシをあらわしたものだという説が現在では一般的らしい。そして、ケツァルという鳥が描かれているのも、他のレリーフと同様で
、神の使いとして描かれているのだという。
パレンケ遺跡のパイロット彫絵は、天と地に挟まれた場所(現世)から「死の世界へ旅立たんとするパカル王」を描いたものだったのだ。 よって、これもオーパーツではなかった。
子供時代から刷り込まれてきたオーパーツなだけに、とんでもなく悔しい。またやられたか。
今後は妖しげなオーパーツとしてではなく、当時の優れた工芸品のひとつとしてこの石棺が紹介されることを祈る。
それにしても、ビミニ・マウンドの海底絵なども含め、むかしっからオーパーツには、ロールシャッハ・テストみたいなのが多いなぁ〜。
今回は、ハンコックの『ピッタリとしたボディスーツ』や『カフス』って無理やりさがおかしかったので、意味もなく行を割いてしまったよ。(~-~;)
『神々〜』を読んだことがない人でもこの一文を読めば、彼が学者でもなんでもないトンデモ脚色家なのが分かると思う。